兎と狼のラビリンス

こちらは白泉社『狼陛下の花嫁』の二次創作ブログサイトです。(作者様・出版社様とは関係ありません)

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終焉-夕鈴-

注意:死ネタです。流血表現あります。

苦手な方は読まないで下さい。



「…本日で貴女の役目は終了です。」

その日は、突然やってきた。

「陛下が正妃を迎える今、貴女にここにいてもらっては困るのですよ。」

李順は眼鏡を押し上げながら、夕鈴に淡々と告げる。

「…貴女には、本当に悪い事をしたと思っています。何年も臨時花嫁として陛下の傍で暮らしてもらって、陛下にとっての敵も減らす事が出来、揺ぎ無い地盤を固める事が出来ました。」

夕鈴はその間、陛下の傍で彼の『妃』として過ごしてきた。

「ですが貴女は、関わり過ぎてしまった。」

陛下の傍での暮らしが長かったからか、夕鈴は国の政に関わり過ぎた。一庶民の娘が、知らなくても良い事を知ってしまった。

「……そんな貴女を、このまま生きて帰す事は出来ません。」

悪く思わないで下さい、と言う李順の背後には、いつからか黒尽くめの男が数人立っている。

それを見ても、夕鈴は不思議と李順を憎む事は出来なかった。
彼の瞳が、見た事がないほど揺れていたからだ。

悲しみか哀れみかは分からないが、これは李順にとっても苦渋の決断だったと言う事がはっきりと分かった。

「…陛下はこの事を、ご存知なのですか?」


白陽国国王・珀 黎翔


夕鈴の仮の夫だった彼は、全てを承知でいるのだろうか?

「…陛下はご存知です。もっとも、最後まで納得はされなかったですが…。いや、今でも、反対されるでしょうね。」

それでも、政に深く関わり過ぎた夕鈴を、このまま帰して良いものかと悩んでいた。正妃を迎えても、夕鈴に傍にいて欲しいと望んでいる。

でもそれは、夕鈴にとって聞けるものではない。

夕鈴は臨時花嫁でありながら、陛下を本当に愛してしまったから。その想いを彼に告げる事など出来なくても、ただ傍にいられるだけで良かった。
だが彼は、もう自分だけの人ではなくなるのだ。

「…分かりました。」

怖くないわけではない。身体の震えを、止める術もない。

でも、譲れないものが夕鈴にもある。

「一つだけお願いがあります。…陛下と最期のお茶を、したいと思います。その許可を、頂けないでしょうか?」


この命も想いも、私だけのもの

なら最期は、私が決める。


終焉-夕鈴-


卓を挟み、黎翔と向かい合う。

夕鈴の最期の望みを、李順は叶えてくれた。人払いをされた四阿。卓の上には高級なお茶菓子と、湯気を上げる杯が二つ置かれている。

黎翔と夕鈴は二人で談笑しながら、静かな時を過ごしていく。
これが最期の二人の時間だとお互い分かっていながら、その事には触れず当たり障りのない会話が続く。

夕鈴が望んだ、心安らぐ時間がゆっくりと過ぎていく。

茶器の中身が少なくなった頃、それを見計らったように侍官の服装を纏った男が現れ、新しい茶器を用意した後、中身が少なくなっていた夕鈴の杯にのみ継ぎ足すとその場を離れていった。

「…陛下。」

夕鈴は向かいに座る黎翔を呼んだ。

「…私は臨時とは言え、貴方の花嫁になった事を後悔はしていません。それどころか、とても幸せな、充実した数年間だったと思っています。」

世間では嫁ぎ遅れだと言われる年齢になっているが、そんな事はどうでも良かった。夕鈴が本当に嫁ぎたいと思った相手は、今目の前にいるから。

そんな彼と、たとえ演技をしている偽者であっても、夫婦になれたのだから。

「夕鈴…」

「幸せでした…。本当ですよ?」

夕鈴は笑う。今どんな終わりを迎えようと、悔いはないと思える。心残りなのは、残される父と弟の事くらいか。

そして、そして、もう一つ。

一つだけあるとすれば、それは…。

それを言葉にするのは憚られて、夕鈴はそれ以上何も言わなかった。


先程の侍官が煎れていった杯を、夕鈴は持ち上げる。このお茶を最後にお開きにしようと思い、口に含もうとした瞬間、凄い力でその杯は手から叩き落された。

驚いて顔を上げると、立ち上がり、振り降ろした手を震わせ、蒼白な表情をした黎翔が夕鈴を見ていた。

「…知っていました。」

「…夕鈴。」

分かっていた。この茶に、毒が混ぜられている事など。分かっていて、夕鈴は飲もうとした、それなのに…。

「どうして止めたんですか?そんな必要なんて、なかったのに。」

これを飲めば、夕鈴は陛下や李順が望むようにこの世から消える事が出来た。

「…私は君を失いたくないんだ。…こちらの都合で長い間後宮で暮らしてもらったのに、必要になくなった途端口を封じるなんて、そんな事許せるわけがない。」

「…ですが陛下はもうすぐ御正妃様をお迎えになられます。その時私は、私と言う存在は邪魔になるだけです。」

「確かに私は正妃を迎える。それは本当の事だし、国の事を考えれば仕方がない事だ。だが、私は…君を…」

「陛下!…それを言ってはいけません!」

黎翔の言葉を、夕鈴は途中で遮った。一国の王として、それは言ってはいけない事だ。たとえこの胸が、彼の言葉に、彼の想いに歓喜しているとしても。

「夕鈴…イヤだ!…僕は君を失いたくないよ!」

黎翔は瞬時に狼陛下から、子犬のような青年に変化した。泣きそうな顔のまま卓を回り夕鈴に近付いたと思ったら、あっという間にその腕で夕鈴を抱き締める。

「…僕は君に、生きていてもらいたい…。ずっと、ずっと…。僕の傍で…。」

自分を力一杯抱き締める黎翔の身体が震えているのに気付き、夕鈴は切なさで苦しくなった。

それが出来たら、どんなに良いだろう。彼の傍でずっと、生きていく事が出来たら…。


彼を愛し、彼に愛される、唯一の存在になりたかった。

だがそんな事、許されるわけもない。


四阿の周辺に黒い衣を纏った、数人の影が見える。夕鈴が気付いたのだから、気配に敏感な黎翔が気付かないわけもなく、抱き締める腕の力がさらに強くなる。

「…黎翔様。」

夕鈴は初めて、陛下の事を『黎翔』と呼んだ。いつも陛下としか呼ばなかった夕鈴に名を呼ばれ、黎翔は驚いて身体を離すと夕鈴を見下ろす。

「…幸せだったという言葉に、偽りはありません。…臨時花嫁は、貴方の事を愛してましたよ?」

「ゆ…う、りん…?」

夕鈴はにっこり笑うと、黎翔の身体を渾身の力で押しやり、彼の腰に佩かれている鞘から太刀を引き抜いた。

重い真剣を捌く力が、細い彼女の身体のどこにあったのか。

呆然と夕鈴を見詰める黎翔の目の前で、儚く微笑んだ彼女は。

その太刀で、自らの身体を貫いた。

「…夕鈴!!」

崩れ落ちる夕鈴の身体を、黎翔は慌てて抱き止める。

「…れ、いしょう…さ、ま…」

「喋るな、夕鈴!…誰かおらぬか?!…李順!浩大!!」

刺さったままの太刀を慎重に引き抜くと、黎翔は傷を抑え、大声で側近と隠密の名を呼んだ。

見上げた黎翔の顔は真っ青で、こんな時なのに初めて見る事の出来た彼の表情に、夕鈴は嬉しくなる。

「…陛下!…どうかなさいましたか?!」

黎翔の声を聞き付けた李順と数人の官吏が、バタバタと走ってくる。

「…待医を呼べ!…薬師もだ!!…夕鈴が…夕鈴が…!」

黎翔の震える声に、妃に只ならぬ事が起きたと理解した何人かの官吏は王宮に戻っていく。

二人に駆け寄り、傍に膝をついた李順は、夕鈴の惨状を見て息を呑む。

「…夕鈴殿…。貴女、まさか…」

真っ赤に染まった腹部。地面に転がる血の付いた剣。夕鈴を抱き締める黎翔も、彼女の血で赤く染まっている。

「陛下!…とりあえずこれで傷口を縛って!…出血が酷いから、早く止血を!!」

姿を見せた浩大も、青褪めた顔で黎翔に大きな布を渡す。それを受け取り止血を試みようとするが、夕鈴は傷口を押さえ、それを拒んだ。

「…こ、れで、…いいん、です…」

血の気のない顔で、夕鈴は弱弱しく言葉を紡ぐ。


そう、これで良い。

夕鈴はこの王宮にいる、皆が大好きだ。

黎翔の事を好きと思う気持ちとは違うけれど、姑のように口煩かった李順も、いつも明るく自分を守ってくれた浩大も、方淵も、水月も、老師も。

この数年接してきた、皆が大好き。

だからこそ、誰の手も、汚したくない。


「…り、じゅ…さ…、いつ、ま…へい、か…支えて、…あげ、て…くださ…ね…」

「…夕鈴、殿…」


「…こ、だい…。…へいか、…これから、も…ま…もって…、あげ…て…」

「…お妃ちゃん、しっかりしろ!!」


夕鈴は彷徨わせていた視線を、黎翔に向けた。

「れ、…しょ…さま…。」

唇を噛み、震えている黎翔を見て、夕鈴は困ったように笑う。

「…これ、からも…民が、…幸せ…くら、せる…よい、国…をめざ…し、て…くだ…さい…ね…」

「ゆ…りん…」

「…そ、して…ど、うか…ご、正妃…さま、と…しあわ、せ…に…」

「…ゆーりん?…ねえ、ゆう…りん?」

彼女の身体から流れる血は、止まる事がない。夕鈴は自らの身体が、重く冷たくなっていくのを感じていた。ようやく開けていた瞼も、重くて閉じてしまいそう。


ポタリ、と。

夕鈴の頬に、雫が落ちてきた。たった一粒の雫はだんだんと数を増し、夕鈴の顔中を濡らす。

瞼に落ちてきた雫を感じ、重い瞼をもう一度開けると。

霞む視界に、悲しみに満ちた、まるでこの世の終わりを感じているような表情をしている、愛しい人が映る。

「…あめ、が…降って…きました、…ね…」

頬に当たるのは、とても暖かい雫。


「…ゆうりん?…夕鈴!!?」

最期に聞こえたのは、深い悲しみと後悔に満ちた黎翔の声。

それを最期に、夕鈴の意識は暗闇に落ちていった。



ああこれが、私の見る最期の景色なら


なんて優しい、世界の『終焉』



END
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よろしくお願いします。

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